東京高等裁判所 昭和53年(う)45号 判決 1978年4月17日
控訴人 被告人
被告人 篠崎相機
弁護人 森田博之
検察官 増田豊
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人森田博之作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここに、これを引用する。
所論は、道路交通法二二条一項前段は、道路における最高速度の指定を同法四条により都道府県公安委員会に委任し、犯罪構成要件の具体的内容を法律以外の同公安委員会の告示にゆだねる白地刑罰法規であるから、憲法に定める罪刑法定主義の原則に牴触する違憲、無効の法律であり、そうでないとしても、本件道路の最高速度を規制した埼玉県公安委員会告示一〇五号は、交通量その他から見て必要最少限度をこえた不当な交通規制であるから、違法、無効であり、したがつて、被告人の本件所為はその罪責を問われることはなく、無罪である、というのである。
そこで、道路交通法を検討すると、同法一一八条一項二号は「第二二条(最高速度)の規定の違反となるような行為をした者」を処罰することとし、その犯罪構成要件たる同法二二条一項前段は「車両は、道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を……こえる速度で進行してはならない」と規定し、同法四条により道路標識等による速度規制はこれを都道府県公安委員会に委任していること所論指摘のとおりで、所論公安委員会の速度指定は道路交通法の委任によるものである。ところで、同法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とするが(同法一条)、変転する道路交通事情の実体に照らし、これがため必要な道路交通の具体的内容をすべて法律、政令に規定することは不可能にして適当でなく、その基本的な事項はこれを法律、政令において定めるものの、実施上の細則的な具体的内容は、これを地方の実状に即応して定めることがより適正妥当であるとの見地から、地方の実情に通じる公安委員会の判断にまかせることとし、他方、公安委員会は、右法律、政令の範囲内において、その時々の実情に応じ、交通規制を強化し、あるいはこれを緩和し、必要かつ適切な交通規制の実施をまかされているものであつて、しかも、本件のごとき速度規制にあつては、公安委員会により、その規制に至つた事由のいかんはともかくとして、規制場所及びその区間、規制速度を具体的、明確に指定した告示と道路標識等により、その指定が厳正、的確にされ、その様式は簡潔、明瞭であつて、道路標識の設置については、規制を受ける車両等がその前方から見やすいように、かつ、道路又は交通の状況に応じ必要と認める数のものが設置されるのであり(同法施行令一条の二第一項)、かかる告示及び道路標識等により同法二二条一項前段の規定を具体的に充足する意味においてそれが法規的性質を有するものであるにしても、右のような道路交通取締行政の実情と、それを考慮して定めた右法律、政令等の法意に照らし、かつ、告示及び道路標識等の明確性などを考慮すると、同条項前段の具体的内容が公安委員会による告示及び道路標識等の設置にまかしたことは正に道路交通法所定の目的達成に必要已むをえない措置というべく、直ちに、現行法下多様の意義をもついわゆる罪刑法定主義に反する違憲、無効のものであるとはいえない。
そして、原審で取り調べた司法警察員作成の「速度規制改訂の経緯について」と題する書面、現場写真二枚、測定付近地図一枚、丹沢康征の司法警察員に対する供述調書によれば、本件道路は、構造上第三種第三級に当たり、カーブが多く、もともと道路設計速度三〇キロメートル毎時と定められ、車両の安全走行上、従前の制限速度四〇キロメートル毎時ではその安全が保てないため、これを三〇キロメートル毎時に改訂したものであることが認められる。したがつて、所論指摘の告示による最高速度の指定は、専ら本件道路の構造上の必要性に基づく最少限度の交通規制であることは明らかであるから、交通量など所論指摘の事情を考慮するまでもなく、必要最少限度の交通規制として適法、相当であり、その指定に所論のかしは存しない。そして、原判決挙示引用の証拠によれば、被告人の原判示速度違反の事実を肯認した原審の措置は、十分これを首肯することができるのであつて、かかる被告人の所為に対し原判示の法令を適用して被告人を有罪に処した原判決はもとより正当である。論旨は理由がない。
よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 金子仙太郎 裁判官 下村幸雄)